本当の意味で一生を豊かにする方法
鎌田:ホームページに載っている動画に、もう一つとても印象的なシーンがありました。「吉岡さんが『病院の仕事だけやっていてもだめなんや、おいしい料理を作るとか、きちんと掃除をするとか、それと同じように病院の看護があるんや』とよくおっしゃっている」とスタッフの方が言いながらおいしそうなご飯を食べているシーンです。医療を治療だけでないところまで幅広く外に向かって拡張していく一方で、深く掘り下げていらっしゃるように思いました。
吉岡:医療って、一般的には医療技術や知識のことだと思われていますが、技術を使うのは最後なんですよね。技術を使うまでの部分は、その人の人間的な力、常識的な力が出るんです。たとえば、患者の様子がおかしい、いつもと違って顔色が悪い、汗をたくさんかいている、なんていうのは医療の知識がなくてもわかることですよね。また、今日は空気が乾燥しているなどという感じる力や、困っている人がいたらパッと手を差し伸べる行動力、なども人間的な力、常識的な力です。
この人間的な力、常識的な力というのは非常に重要で、それがなければ技術や知識を積み上げても生かせません。でも、その力は医療者として働く8時間程度だけで鍛えるのは難しい。日常生活全ての時間で医療者に必要なものを鍛えている人と、医療の現場の時間だけで鍛えようとしている人とでは、できることは大きく変わってきます。
鎌田:だからご飯を味わって食べるとか、掃除をして部屋を整えるとか、ちゃんと生活を大事にすることが必要なんですね。医療に携わる方だけでなく、どんな仕事をしている人にとっても、生き方や働き方を考える上で重要なことだと思います。
吉岡:そうなんですよ。そしてさらにこれは、人生100年時代になったことを考えても重要だと考えています。たとえば医者に25歳でなったとして、65歳まで続けた場合、人生100年にはあと35年あります。人生はマラソンと同じなので序盤だけ良くても仕方がない。トータル100年の自分の人生がもっと豊かに、もっと幸せになるためにはどうしたら良いかを考えて、生きると良いと思うんですよ。
その時に考える必要があるのは、「どう行動したら、社会が一番豊かになるか」ということです。人は自分が幸せになろうと行動しますよね。例えばお金をもらいたいから医者になった人が医療を提供して、相手から対価としてお金を得たとします。1000円分の価値を提供して、1000円もらう。ここで起こっているのは等価交換です。生み出した価値は対価をもらうことで均衡が取れて、社会的には0になってしてしまうんです。等価交換し続ける限りは価値は増えず、社会は豊かにならないんですよ。
お金持ちが今、どうやってお金を増やしているかと「投資」でしょう。それと同じで、「価値」を社会に投じ続けていると、いずれその価値は増えて返ってくる。なかなか信じてもらえないのですが、僕は自分の人生を通してその実感を得ています。
小出:そんなふうに行動し続けていけば、人生の終盤が豊かになりそうですね。
鎌田:事前にいくつか記事を読ませていただいたのですが、とてもすてきだなと感じたエピソードがありました。最初にミャンマーに行かれたときに、吉岡さんの食費として支給されたお金を、吉岡さんが食べるのではなく栄養状態の悪い子どもたちの食費として使ったときの話です。それを知った街の人たちが心を動かされて、農作物をたくさん持ってきてくれ、さらにたくさんの食事が用意できるようになって、おなかをすかした子どもたちがたくさん食べられるようになったんですよね。子どもたちが夢中で食べる姿を見られるのが幸せだ、という吉岡さんがおっしゃっていたのが印象的だったのです。
吉岡:そうなんです。「自分の食費が、たくさんの子どもの食事に増えた」というだけなら、単なる投資と同じです。でも、僕が「豊かさを得た」と感じたのはそこじゃないんですよ。投資以上のものがあるんです。僕のことなんて全く知らずに、お腹をすかせた子どもたちが食事を夢中でおなかいっぱいになるまで食べている。その姿を見る機会を持てる、それが最高に豊かなんですよ。本当の豊かさはそういうものではないかと思います。
鎌田:とてもすばらしいと思う一方で、自分から先に手放す、自分から渡すというのは非常に勇気がいることではないかなとも思うのです。吉岡さんのような発想になるためには、どのような考え方をすればいいのでしょうか。
吉岡:勇気はそんなにいらないですよ。大きなものを手放すわけじゃないし、手放せるものから手放していけばいいだけなので。それに、手放していけば社会から必ず何かが与えられるはずなんです。今、若い人たちも含めて多くの人が、「社会から必要とされたい」と思っていますよね。でも、必要とされるためには、必ず与える側に回らないといけません。等価交換なんかしようとせずに、豊かさを預けるつもりで出し続けていれば、やがて社会から返ってきますし、社会から必要とされるようになりますよ。
豊かさを預けることで作り出せる、自立分散型の豊かな社会
吉岡:ジャパンハート3.0では豊かさを預けるつもりでいろんなことをお手伝いしているんですよ。お金をそこからもらう必要はないし、いずれはどこからかかえってくると体感としてわかっているので。
鎌田:大島紬以外のプロジェクトにも関わってらっしゃるということでしょうか? 気になります!
吉岡:離島への医療支援に関して、今までとは違った取り組みを始めました。僕らは医療者をたくさん抱えていますから要請があれば派遣しますが、離島はたくさんあるので、限界はあります。そのため離島では足りない医療スタッフを人材派遣会社から派遣してもらうのですが、人材派遣会社から1人呼ぶと、100万から180万円も諸経費がかかってしまうんです。本来なら、島独自で募集して人にきてもらう仕組みを持った方が良いはずです。こんな提案すると、島側では及び腰になってしまう人もいたのですが、僕たちがホームページも含めて仕組みづくりをお手伝いしてみたら、2年ぐらいで独自採用できるようになった島もあるんですよ!
鎌田:島で独自に採用できれば自立的に運営できますもんね。
吉岡:そうなんです。もう僕ができることは何でもやっていこうって。スモールビジネスみたいなものなら僕にも支援できるし、こういった方法なら、海外にいても支援できます。
今までは日本国内1億人ほどしか相手にできなかったから、大島紬のように不本意な値付けをしたり、質を下げてたくさん作ったりして生き抜くしかなかったビジネスがあったと思います。でも今は、インターネットによって世界70億人を相手に、自分の良いと思うものを適正価格で売って十分に生きていくことが可能な時代です。一つ一つのお店、一人一人が輝くようなお店が増えていくことが大事だし、これは持続可能な社会の形ですよね。
鎌田:そういう社会の方が、個性があって豊かですよね。