INTERVIEW
2022.02.21UP
おもしろい方へ、楽しい方へ。日本酒造りを通じた寺田本家流「自然との付き合い方」

みんなで “ちょっと(bits)ずつ” 地球環境や生産者に貢献しようという想いから始まったORGABITS(ORGABITS)。そこから始まった「BITS MAGAZINE」では「ちょっといいこと」を実践し続けている方々へのインタビューを行っています。

 今回のゲストは、千葉県香取郡神崎町で日本酒づくりを行う、寺田本家 代表取締役社長の寺田優さん。創業340年以上の歴史を誇る酒蔵で、無農薬米と蔵に湧き出る水を使用し、蔵付きの菌で発酵し、唄を唄いながらできるだけ機械は使わずお酒を造っていらっしゃいます。寺田本家さんにお邪魔して、酒蔵でお酒をいただきながら、自然やおいしさについて考えていらっしゃることをお聞きしました。聞き手はORGABITSアンバサダーの鎌田安里紗さんと、ORGABITSプロデューサーの小出大二朗です。

※取材はマスクを着用し、最小限の参加者のみで行い、写真撮影時のみマスクを外しています。

発酵すれば腐らない。寺田本家が自然酒造りに向かったわけ

鎌田安里紗さん(ORGABITSアンバサダー/以下、敬称略):今日はお忙しいところ、酒蔵を見せていただき、唄まで聞かせていただいて、ありがとうございます。

寺田優さん(寺田本家 代表取締役社長/以下、敬称略):せっかくですから、試飲なさいませんか? こちらが今年の新酒で、「おりがらみ」という種類の、もろみを搾ったあとの日本酒に浮いている「おり」を取り除かずに造った、「しぼったまんま」というお酒になります。もろみの味がするお酒ですね。

小出大二朗(ORGABITSプロデューサー/以下、敬称略):ありがとうございます。取材なので少しだけ……。ああ、おいしいなあ。

鎌田:本当に。おいしい! 今回、寺田本家さんに取材をさせていただくことになったきっかけは、小出さんがファンだったからなんですよね。

小出:そうなんです。僕はアパレルメーカーから豊島に転職して5年目なのですが、1年目に仕事で腐っている時があって、見かねた後輩が誘ってくれて行ったお店で寺田本家さんのお酒と出会ったんです。それが本当においしくて。お酒は菌、微生物の発酵という作用を利用して造られますが、腐敗と発酵は現象としては同じで、違いは人間にとって都合がいいか悪いかということだけ。そんな話を聞いて飲んだら、ちょっと元気になりました。腐っているところに、腐敗から発酵に変化した感じだったんですよ。

鎌田:それはすてき。まさに百薬の長という感じですね。寺田本家さんは「自然酒」を造っていらっしゃいますが、「自然酒」というのはどういう定義なんでしょうか。

寺田:公的な定義はないんですよ。日本で今、自然酒を謳って酒造りをしている酒蔵は3軒ほどだと思うのですが、それぞれが自分たちの思う「自然酒」を造っています。私が思う自然酒は、自然に栽培された農薬や化学肥料を使わない米と蔵に湧き出る水を使って、それを蔵に住んでいる菌の力で発酵させ、それを蔵人(くらびと)が楽しく微生物と一緒に醸していくお酒です。

鎌田:自然酒を造り始めたのは、先代の方だそうですね。

寺田:そうなんです。うちの先代は、もともとは特に自然が好きだったというわけではないんです。25歳で婿入りしてから生産性や効率を重視し、機械や添加物をたくさん使って原価を下げ、大量生産向けのお酒を造って利益を上げようとしてきました。ですが、何をやってもうまくいかず、経営も危うくなって病気をしたんです。そして病床でふと、「発酵すると腐らない」と気づいたらしいんですよ。発酵しているときには常に変化し続けて、ものは腐らない。でも、そのバランスが崩れると腐敗に向かうんです。先代は「自分の行動は全てバランスを崩すものだった、だから会社も自分も腐らせてしまったんだ」と考えて、そこからどうやったらもっと発酵するのだろうと考え始めるようになったそうなんです。それが1985年のことなので、もう30年以上前ですね。

鎌田:その時点で一気に今のやり方に変えたんでしょうか。

寺田:徐々に変わってきました。私がここで仕事を始めたのは2003年なのですが、その頃は日本の酒蔵では、杜氏(とうじ)制という、酒造りの現場を仕切る杜氏という人が、何人かの蔵人を連れて、東北や新潟から冬の間やってきて、酒造りが終わったらまた帰って田んぼをするというやりかたで酒造りをしているところが多かったんです。寺田本家もそうだったんですが、杜氏さんは自分のスタイルを持っているので、いくら先代が自然酒造りを目指していても、なかなかうまくいかなかったんです。

小出:蔵元の先代さんが自然酒を造りたくても、杜氏さんが協力してくれなければ難しいですよね。

寺田:そうなんです。ちょうど私が入る頃に寺田本家は杜氏制をやめて、自分の酒蔵でお酒づくりをする人を育てる、社員杜氏制に変わりました。私が30歳ぐらいで、他にも二十代の人が数人いて、ちょうど世代交代が進むタイミングでもあったんです。それでもっともっと自然に近づいていこうと、機械の使用を減らし、酵母菌とか乳酸菌、麹菌、種酵母などといったお酒造りの菌を、それまでは麹屋さんから買っていたのもやめて、この蔵に住んでいる菌の力で造っていくことにしたんです。今でも、もっと自然にやっていくにはどうしたらいいかと日々模索しながらやっています。

楽しくておもしろいからやる

鎌田:さっき唄を聞かせていただきましたが、唄を唄いながらお酒を造るのも一般的ではないということなんですよね。

寺田:今は、やっているところは少ないでしょう。唄を唄うのは、菌が自然にやってくる発酵場を整えて力強い酵母を育てるために、桶の中で蒸米・麹をなめらかに摺りつぶす「酛(もと)づくり」の工程です。でも、酛づくりは省力化のために、コンクリートを混ぜるドリルのような機械でビーンと処理することが多いんですよね。機械を使うと唄っている暇もありません。

鎌田:唄を唄うのは、何の目的なんですか?

寺田:せっかくやるならおもしろくやりたいと思ったんです。良い、悪いは置いておいて、それが楽しそうだなぁと思ったんですよね。スタッフは時々入れ替わるのですが、最初はみな恥ずかしくてなかなか唄えません。でも、何ヶ月かやっているとお腹から声が出てくるようになるんですよ。今、フランス人の蔵人もいるんですけれど、彼も唄えるようになってきました。唄えるようになると、目つきも変わってくるんですよ。唄っておもしろいですよね。自然酒造りって本当におもしろいんですよ。

鎌田:他に、おもしろさを感じるのは、具体的にはどんなところですか?

寺田:今はお酒造りの一工程の「もろみ造り」が始まっています。もろみ造りは、先ほどお話しした「酛(もと)」をタンクに入れて30~40日待って微生物たちがやってくるのを待ち、酒母というものを作った後、それに麹・蒸米・水を加えて30日以上かけて発酵させる工程です。今、そのもろみのタンクが4本できているのですが、1つ1つ発酵の「声」が違うんです。その時の菌の力やお米の違い、天候などで発酵の具合がまったく変わってくる。菌が力を最大限に発揮できるような、調和の世界を作り挙げてお酒を作る。毎回同じにはならないんです。それがやっていておもしろく感じるところですね。2003年から18年やっていますけれど、常に発見があり、常にお酒造りとの関わり方は変わり続けています。お酒の味が変わる時もありますけれど、そういうことも含めておもしろいですよ。

小出:常に変わり続けると腐敗しない、ということですね。お仕事の仕方が発酵のようです。

寺田:今は社長業をやりながら、現場で杜氏もやるというスタイルでやっているんですが、そうすると全部責任は自分にあります。誰かが失敗しても自分の責任ですし、失敗したらそれはその人にとっては学びの過程です。うまくいかないことも含めて「全部、発酵だな」と思えるようになってきました。

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