INTERVIEW
2022.02.21UP
おもしろい方へ、楽しい方へ。日本酒造りを通じた寺田本家流「自然との付き合い方」

「これがいいんだ」と、鷹揚に受け入れる姿勢

鎌田:蔵人にフランス人の方がいらっしゃるという話もありましたが、寺田本家さんにはさまざまな人が訪れるイメージがあります。菌が発酵をもたらすのに似た、おもしろい作用がうまれているのではないかと想像するのですが、いかがですか?

寺田:そうですね。おもしろい出会いはたくさんあります。一度、ジョージアのワインの生産者さんがいらっしゃったんですよ。甕(かめ)にブドウを潰して入れて、その甕を半年から一年間、地面に埋めてワインを作るスタイルをとっている生産者さんで、見学においでと言ってくれたので訪ねたんです。

小出:ジョージアまで行かれたんですね。どんなことをしたんですか?

寺田:地面に埋まっている甕の液体を味見したり香りを嗅がせていただいたりしたんですが、酸味が強すぎて「これあり? なしなんじゃないの?」と思うものがたくさんありました。日本酒でも揮発酸というセメダインのような香りなど、良くないとされている香りがいくつかあって、日本酒が酸っぱくなったり、そういう香りが出たりすると「あ、やばい、失敗する」と思うんです。でも、その液体からは、セメダインの香りも絵の具のような香りもバンバンしたんですよ。

小出:お酒造りをしているからこそ気になるポイントですね。

寺田:そうなんです。心配になって彼に「これでいいの?」って聞いてみたんですよ。すると彼らは「これがいいんだよ。この酸味がカバーしてくれて、熟成を促していくんだよ」と言うんですよ。その受け入れ方がいいなと思いました。「これが良いんだ」と言い切って、鷹揚な態度で受け入れればいい。実際に、彼らはそれでおいしくて、いろんな人に求められるワインを作っているんです。日本酒ってこういう味じゃなければいけないというのが自分にもあるけれど、もっともっと、自由になっていいんだなと教わりました。

「おいしい」を拡張する

鎌田:自由になっていいのだと感じたというお話でしたが、寺田さんは味に関して、どんな基準で考えているのですか?

寺田:飲んでおいしいと思えることは大事ではあるんですが、体が喜ぶ味があるんじゃないかなと思っています。内面にあるものが求めているような、飲んだら体が元気になるようなお酒造りができたらうれしいですね。それが本当の「百薬の長」になるのではないでしょうか。たとえば「醍醐のしずく」は、糠っぽい香りがするんです。だから嫌いな人もいるでしょう。でも、昔食べた糠漬けを思い出すとか、ちょっと懐かしい気持ちになるとか、イメージが沸き立つようなお酒になったらいいなと思いますね。せっかくだから、「醍醐のしずく」も試飲なさいませんか?

鎌田:酔っ払っていい気持ちになってしまうと取材が難しくなってしまうので、少しだけ……。わあ、日本酒だと思って飲むとびっくりしますね。これ好きです。おいしい。

小出:僕が最初に寺田本家さんと出会ったときのお酒ですね。おいしいですよね。

寺田:「香取」というお酒も試してみてください。「香取」は、精米歩合80%と90%のお酒があるんですが、これは90の方です。これは燗をつけると雰囲気が変わって、ご飯を食べるような感じのお酒になるんですよ。

小出:僕、この香取の90が好きなんですよ。

鎌田:味が全く違いますね。おいしい。寺田本家さんは売り上げとか事業規模を拡大しようとしていらっしゃらないし、「こんな味がいい」という固定した味のイメージを持ってらっしゃらないということですよね。寺田さんが「これはいいのができた」と思うような瞬間はあるのですか?

寺田:ありますねぇ。

鎌田:例えばファッション業界でも、自分の美意識がちゃんとあって、それを突き詰めてお洋服を作っている人がいます。売り上げ、事業規模、認知度などといった既存の価値基準ではなく、ご本人の基準を持っているんです。そういった、その人ならではの基準に興味があるのですが、寺田さんはどんなときに「いいお酒だ」と感じるのでしょうか。

寺田:飲んだ時に、そこまでに至る過程がばーっと思い起こされるんです。この米は農家さんが雨の降る日に持ってきてくれたなとか、精米が上がってきたときには割れがおおかったなとか。それまでのストーリーがお酒の中に物語のように広がってきて、語りたくなってくる時があります。そういうお酒になると、すごくうれしいですね。ただ、それは自分の中で完結している話であって、瓶詰めしてお出ししても意外と喜ばれないこともあります。逆に、これはまぁまぁだなと思っても、お客様にすごく喜んでいただけるものもあるんですよ。

鎌田:そうなんですね。おもしろい。でも、お客様の体が求める味なんでしょうね。好きな人が飲んでくれればいいという感じですね。

寺田:殿様商売ですよね(笑)

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