INTERVIEW
2021.05.24UP
選択肢を増やし、選ぶ力を料理で育みたい。料理家SHIORIさんが今、考えていること

料理を通じて見出す真の豊かさ

安里紗:生徒さんとの関わりの中で、意識していることはありますか?

SHIORI:常日頃から「なるべく旬のものを取り入れましょう」と伝えています。食事って暮らしの中で大きな存在ですよね。そこに季節のものを取り入れる楽しさを提案したいんです。今は特にコロナで生活が制限されているけれど、こういう楽しみなら制限されません。
日々の暮らしの中に小さな楽しみを見つける豊かさと幸せを、コロナによって気づかされた気がします。生徒さんからも、今までに買ったことのなかった食材を選べるようになった、季節の変化を楽しむようになって食卓での会話も増えたと言われます。

安里紗:SHIORIちゃんと私は環境省「つなげよう、支えよう森里川海プロジェクト」のアンバサダーでご一緒していますが、その会議でSHIORIちゃんが、『作ってあげたい彼ごはん』のときは、いつでも誰でも料理が作れるようにしたいから、コンビニでも手に入るような食材を使っていたけれど、今は旬を大事にしているとおっしゃっていたことが印象に残っています。

SHIORI:グラデーションが必要だと思うんです。料理を始めようとする人に、いきなり出汁をとってとか、食材は有機のものを、と言ったら、ハードルをとてつもなく上げてしまいますよね。料理を始める時点では、出汁はインスタントでもいいし、食材は身近で手に入るもの、簡単なメニューからでいい。自分でおいしい料理が作れたという成功体験や喜びをもとに、そこに興味関心が湧いてきたら、素材を選べばいいと思うんです。

私自身も30代になって、価値観やライフステージが変わったので、今は「旬のものを大事に」と伝えていますが、前述のどちらの思考も持ち合わせています。
また、環境省のアンバサダーの仕事などを通じて、おいしいご飯を作るだけではなく、「食」を取り巻く環境を意識するようになったので、ベタですけれど買い物にはマイバッグを持っていこう、皮ごと食べるものは食べよう等も伝えています。

すると、10年前に私のレシピをきっかけに料理を始めた人が、久しぶりに今の私のレシピや取り組みを見て「SHIORIちゃんが進化してる! 動画を見て作ったらうちの食卓も進化した」って言ってくれたんです。

安里紗:それはうれしいですね! 「食」を取り巻く環境に関して、レッスン等で他に意識して伝えていることはありますか?

SHIORI:以前に伝えて生徒さんの意識が変わったな、と思ったのは、「価格の裏側を想像してみよう」という話です。レッスンで、バターチキンカレーとかラザニアとか、今まで外では食べるけれど自分では作らなかったような、ちょっと手間がかかるものを作ることがあります。作り終わってみんなが達成感を味わって、喜びに満ちているところに「これだけ手間暇かけたバターチキンカレーを、あなたはいくらで売りたいですか?」って投げかけるんです。

するとみんな2000円、3000円などと言い始めて、価格はどんどん上がっていきます。でもインド料理屋さんなどで食べると、ランチなら980円でラッシーとサラダもついている。食材や人件費、光熱費、レストランの家賃を考えたらその価格は本当に難しいこと。裏で誰かが泣いたり、苦しんだりするような価格ではなくて、真っ当な価格を見極めて、ちゃんと持続可能な食卓を目指して行かなければいけないよねって、そういう話を、ときどきします。すると、生徒さんにとても響くんですよね。

安里紗:たしかに、買い手としてみる値段と、作り手としてみる値段は全く違って見えるものですよね。

損得ではなく、物事の本質に立ち返って考えてみる

SHIORI:こういう話はいきなりしても、響かないんですよ。遠い誰かの話で終わっちゃう。みんなが「わたしにも作れた!」と達成感を持てて、自信がついた時、何より自分ごととして捉えられるタイミングで伝えないと”ピタッと”ははまらない。それに常々言ってしまうと、うざったくなります。熱量が高い今なら吸収してもらえるな、みんな忘れてきちゃったな、というようなタイミングで伝えるようにしていますね。

安里紗:自然なタイミングで、みんなで一緒に価格について考えるような機会をつくっているんですね。ただ、ヴィーガンのファラフェルスタンドをやったり、食を取り巻く課題を知ったり、SHIORIちゃん自身は色々と知見を深めていますよね。発信する内容も複雑になってしまいかねないのに、しおりちゃんは料理のハードルを下げることと深めること、その両方をバランスよく伝えられていて、すごいなと思います。

SHIORI:今は様々な立場や境遇の人がいるから、たとえば「オーガニック100%でいきましょう!」と言ってしまうと、いろんな人を置いてきぼりにしかねません。私がやりたいのは日本の食卓の底上げなので、誰も置いてきぼりにしたくないんです。

それに、私自身も学びの途中です。知識を蓄えていくと、いろんなことをわかった気になってしまうけれど、みんなのいるところでちゃんと地に足をつけて、みんなの半歩先ぐらいでいたいと思うんですよね。

安里紗:みんなのお姉ちゃんという感じの立ち位置ですね! ファラフェルサンドのBallon は始めて4年経ちますが、ヴィーガン文化の広がりはどう感じてらっしゃいますか?

SHIORI:最初からお店の全面に「ヴィーガン」と打ち出してしまうと、お客さんを選んでしまうので、「気がつけばヴィーガン」くらいの感じにしたいとは思っていました。ただ、予想していたよりもヴィーガン文化の広がりは遅い気もします。

でも、一瞬で広がったものは廃れるのも早いですよね。私は「これが流行るから」「これが儲かるから」という発想ではなく、一つの文化を作りたいと思ってやっているので、じわじわとじっくり時間をかけてやっていく方が結果としていいのだろうなと思っています。

安里紗:たしかに、トレンドになりすぎると、次のトレンドで一掃されてしまいますよね。

SHIORI:そうなんです。また、「こうあるべき」という思考の限定は、自分を苦しめると思うんです。まして他人からの押さえつけは、より苦しいものになります。誰かから強制されるものではなく、あくまで自主的に。その方が長続きします。

だから生徒さんなどに対しても、こうあるべきという言い方はしたくありません。それよりも、心地良い方法を緩やかに伝えておいて、選びたい時に選べるような力を一緒に養っていきたい。選択肢がいろいろあるってことはすごく豊かなことだと思うんですよね。

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