INTERVIEW
2021.05.24UP
選択肢を増やし、選ぶ力を料理で育みたい。料理家SHIORIさんが今、考えていること

 みんなで “ちょっと(bits)ずつ” 地球環境や生産者に貢献しようという想いから始まったORGABITS(ORGABITS)。そこから始まった「BITS MAGAZINE」では「ちょっといいこと」を実践し続けている方々へのインタビューを行っています。
 今回のゲストは、オンラインレッスンが大人気の料理家のSHIORIさん。今や8000人を超えるレッスン生を抱えるSHIORIさんですが、キャリアのスタートは小さな気づきを大事にし続けた結果だった様子。そんなSHIORIさんに、仕事のこと、大事にしていること、オーガニックへの思いなどを聞きました。聞き手はORGABITSアンバサダーの鎌田安里紗さんと、ORGABITSプロデューサーの小出大二朗です。

ちょっとした気づきや疑問、興味をもとに積み上げてきたキャリア

鎌田安里紗さん(ORGABITSアンバサダー/以下、安里紗):SHIORIちゃんは『作ってあげたい彼ごはん』という料理本を出版したことからキャリアをスタートされているんですよね。レシピ本としては異例の、シリーズ累計370万部を超えるベストセラーになったそうですが、なぜこの本を出そうと思ったのですか?

SHIORIさん(料理家/以下、敬称略):就職活動をしながら将来に迷っていた二十歳の時に、ふと若い子向けの料理本がないことに気づいたんです。私が料理好きになったきっかけは、高校生の時に彼に手作り弁当を喜んでもらえたからだったので、若い女の子が料理を始めるのは好きな人ができたときだと思っていました。ただ、当時はレシピ本というと主婦向けに作られたものばかり。だったら私が出版しようと思って、フードコーディネーター養成スクールに通い、その後はアシスタントとして修行をしながら出版用の企画書を書いて、売り込みをしていました。

安里紗:「若い子向けのレシピ本がないな」と思っても、多くの人はその小さな気づきをそのままにしてしまうと思います。気づきを大事にして、出版社に企画の持ち込みをしたところが、SHIORIちゃんのすごいところだなと思いました。その後、すぐに出版が決まったのですか?

SHIORI:いろんな出版社に行ったのですが、前例がないために難航しました。そんななかで宝島社さんだけが、私自身のキャラクターと「作ってあげたい彼ごはん」というネーミングもマッチしているし、着眼点がいいと褒めてくださったんです。ただ、新人無名の私がそのまま出版しても埋もれてしまうから、当時全盛期だったブログを始めてみて、世間に認知されて勢いがついたら出版しましょうと言われました。

その時点で私はブログがどんなものかも知らなかったんですが、その日のうちに悪戦苦闘しながらもブログを立ち上げて毎日レシピを更新したんです。当時の料理ブログは、主婦の方が日々の記録として生活感のある写真と共にレシピを残すのが主流だったように思います。私は”料理をしない若い子が目を留めてほしい”という明確な目的があったので、雑貨のカタログ風にテーブルをスタイリングして撮った写真と、初心者にわかりやすいレシピを徹底しました。そこに「作ってあげたい彼ごはん」という目を引くブログタイトルで差別化を目指した結果、1ヶ月半でブログランキング1位が取れて、出版が実現しました。

小出大二朗(ORGABITS/以下、小出):1ヶ月半で。それはすごい。頑張りが認められましたね。その後はどんどんシリーズで出版されたんですよね。

SHIORI:そうなんです。当時22歳だったんですが、2011年の27歳のときまで彼ごはんシリーズは出版し続けました。ただそれまで情熱だけで突っ走っていたので、料理を本格的に学んだことがないというコンプレックスも年々増していき、27歳での結婚を機に不安や焦りが爆発したんです。独身で若い女の子と同じ目線ということが強みだと思っていたので、この先、主婦という立場で料理家をやっていけるかと考えたら自信がなくて……引退しようと思ったんです。

ところが、やっぱり料理は好きでやめられなくて。自信をつけるためには経験を積むしかないと思い、結婚後すぐに世界各国の料理学校や料理教室に通って修行しました。そして気づいたんです。海外の料理教室って先生と生徒の距離感が近くて、友達の家に遊びに来てそのまま料理を習うみたいな感覚だなって。日本の料理教室は、大きなところだとモニターでの授業をやっていて、生徒さんのリアクションの伝わりにくさ故に苦手意識があったんですが、こういう海外の料理教室みたいな空間で、料理の楽しさを伝えたいなと思いました。それで2014年、29歳の時に思い切って一大投資して、代官山にスタジオを作りました。

安里紗:楽しかったな、という思いで終わらずに、SHIORIちゃんが海外で体験したレッスンを日本でも、と考えたんですね。ファラフェルサンドのBallonというお店もやってらっしゃいますよね。お店は何がきっかけで始めたんですか?

SHIORI:海外で暮らしながら料理修行をする間に、パリでヴィーガン料理に出会ったんです。私はそれまで「彼ごはん」で男子の胃袋を掴む肉や魚を使ったボリューム満点の料理を提案していたので、精進料理のように薄味で物足りないイメージの野菜だけのヴィーガンは、私の守備範囲ではないと思っていました。でも、実際に食べてみて、こんなに満足感のある野菜料理があるのか、と衝撃を受けたんです。特にファラフェルというひよこ豆のコロッケを使ったピタパンサンドにトキメキを覚えました。和食、洋食、中華に加えて、「今日はヴィーガン(野菜)で行こう!」という選択肢があるのはすごく豊かだな、日本にもそんな文化が根付いたらいいなと思い、だったら自分でやろうとお店を始めました。

安里紗:Ballon のファラフェルサンドは本当においしいから、私もちょくちょくうかがっています。SHIORIちゃんは料理という軸はぶらさず、ちょっとした気づきや興味から、定期的に新しいことを始めているんですね。そして今は、いろんな事情があってオンラインでのお料理教室を始めたんですね。

SHIORI:そうなんです。2019年に生まれた息子が先天性難聴で、この先は息子との時間を中心にした生き方に変えたいと思っていたところに、新型コロナウイルスのせいで対面のレッスンも一切できなくなってしまって。大切なアトリエを手放すタイミングだと思いました。時を同じくして、コロナ自粛でごはん作りに悩む方に向けて、レッスンと同様の内容を無料のインスタライブとして何十本とやっていたら「救われた」「もっと本格的に学びたい」という声を多数いただき、オンラインレッスンを立ち上げたんです。

小出:コロナによる自粛期間で自分に向き合って、できることから始めたのですね。反響はいかがでしたか?

SHIORI:「自粛期間中に料理の楽しさに目覚めました」と、初月で5,800人の方が入会してくれて本当に驚きました。8ヶ月が経過して(取材時は2021年4月)生徒さんは8,000人を超えています。今は他の仕事はセーブして、月に数回のオンラインレッスンと息子の療育を軸にした生活です。

安里紗:SHIORIちゃんのレッスンを受けた生徒さんが、実際に自宅で作った料理を載せている様子をSNSで見かけます。みなさん「自分もこんなにおいしく作れるんだ」という喜びや達成感を表現されていて、見ているだけでもうれしい気持ちになります。

SHIORI:今、自己肯定感を高めようといろんなところで語られていますが、料理はたった20分向き合うだけでも、おいしくできたら「私、天才かも!」と思えるんですよね。食事が整えば、心も体も整ってくるので、料理教室は一番身近で手軽な投資だと思います。

次のページ料理を通じて見出す真の豊かさ

1 2 3

Page Top