「いただいたもの」としてのジャパンハート
小出:吉岡さん達は熱い心を持って活動をなさっているので、団体の名前がぴったりだなと思うのですが、なぜ「ジャパンハート」と名付けられたのでしょうか。
吉岡:僕は「1つの命」「1人の人生」を大切に生きてきたいと昔から思っていたのですが、設立時の思いよりも「存続していくこと」が重要になってきてしまう組織は多いですよね。たとえば病院でも、最初は命を助けたいと思って設立したのに、いつのまにか病院を維持するために患者に必要のない治療を施すことがあります。人の命を守りたいと支援団体を作り、国連などから支援金をもらっていながら、講演活動がメインになってしまうところもあります。でも、そういう場所に身を置いたら、自分の人生がダメになってしまいます。だから、自分で団体を作ろうと思いました。
団体を作るなら、名前が必要です。どうしようかなと思いながらミャンマーの田舎でうとうとと寝ていたら、明け方に頭の中にバーンと真っ赤な太陽のようなものが浮かんできました。それが、ちょっと上が欠けていて、ハートのように見えたんです。同時に、日本がミャンマーに戦争に行き、たくさんの若い人々が亡くなったこと、それが縁で自分が今ミャンマーにいることも思い起こしました。その結果、ふっと自分の中に落ちてきたのが「ジャパンハート」という名前だったんです。
だから、なんとなく「ジャパンハート」は自分のものではない、という意識が最初からあります。日本の人たちに使ってもらって、世の中を豊かにするための組織にしないといけないって思うんですよね。
鎌田:ジャパンハートのホームページの動画を拝見しても、吉岡さんがご自分の属人性をなくしてみんなにどんどん委ね、その場にいるみんなが豊かになるような発想で運営なさっているんだなと感じたんです。そもそも成り立ち時点から手放していらっしゃったのですね。
吉岡:そうなんです。ミャンマーでは若い人たちがたくさん亡くなりました。その人達が生きられなかった人生を、僕らが生きなければならないという意識があります。若い人にはただ戦って死ぬというだけの人生だけではなくて、自由に自分の可能性を追求する人生を送ってほしいと常に思っているんですよ。
小出:吉岡さんの著書『救う力 人のために、自分のために、いまあなたができること』の中に、「熱い思いは、赤の他人のDNAにも刻み込まれる」という章がありますよね。ある人の思想や哲学、考え方、感情などは、周りの人に「精神的なDNA」として受け継がれ、その「精神的なDNA」は親から子へも受け継がれることで「遺伝的なDNA」としても受け継がれる。そして、ジャパンハートにはその「精神的なDNA」が存在するという話です。今日のお話はすべて「精神的なDNA」に繋がっているのだと感じましたし、私の心にしっかり刻み込まれました。本日はありがとうございました。
Text: フェリックス清香
Photograph: Martineye(Instagram: dennoooch)
Instagram: arisa_kamada