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コラム

ソトコト 4月号 カンボジアの地雷原を、綿花畑に! オーガビッツプロジェクト最新レポート

 

現地に行くと、地雷原がいまだに切実な問題であることに改めて気づかされる――。それは「カンボジアの地雷原で綿摘みをするツアー」に自ら参加した、繊維商社『豊島』の溝口量久さんによる感想だ。


繊維商社『豊島』営業企画室長の溝口量久さん。オーガニックコットンを無理なく広めるべく、さまざまな活動が同時進行するオーガビッツプロジェクトは、この溝口さんが発起人。「地雷原を綿花にするプロジェクト!」も、オーガビッツプロジェクトのひとつだ。

首都、プノンペンからタイ国境に向け、クルマを走らせること約8時間。国道からデコボコ道へと入っていったその先に、nature Saves Cambodia(NSC)が保有する4haの土地がある。日本からの支援金を元手に、NSCは2009年にこの土地を購入、地雷除去作業を行った後に綿花栽培をスタートさせている。

カンボジアでは長引く内戦により、国民の約3分の1が命を落とした。かつてのポル・ポト政権が知識層を弾圧し、経済を支えるべき大人たちを次々に処刑したのだ。その結果、カンボジア国民の平均年齢は、25歳にまで下がってしまった。

そして残された人々は今もなお地雷原の恐怖と向き合っている。この国には地中に地雷がまだまだ残っているからだ。地雷による爆発事故は、2004年のピーク時から減少傾向にあるとはいえ、昨年も140件の被害があり、18人が尊い命を亡くしている。


中央の白いストール状の綿布は、現地で手織りしたもの。それを首の後ろに付けるタグへと加工している。

 こうした厳しい現状がある一方で、希望の光も見えていると、溝口さんは話を続ける。生き残った数少ないおばあちゃんたちは、綿花作りのノウハウを覚えていたそうだ。カンボジアでは、かつて綿花栽培が盛んに行われていて、村には糸紡ぎや機織りの機械も残されていた。

 綿花から種を取り除く綿繰り作業なら、地雷の犠牲となり足が不自由な人でも作業に従事できる。なにより地雷原を綿花畑に“変える”のではなく、かつての姿に“戻す”ことが地域経済の復興に大きく寄与する。


左:NSCの綿花畑にて。この活動に協賛する「gym master」「coen」の名前もある。
右:FFE(Free From Explosion)とは爆発処理済みの意味。

雨期が始まる少し前に種をまき、乾期に入った1 月から収穫をはじめる。そのサイクルも、おばあちゃんたちからヒアリングした地域伝統の栽培手法だ。しかも陽射しが燦々と降り注ぎ、河川から十分な水を引くことができるこの地域は、綿花栽培に非常に適している。

カンボジアの子どもたちを大地で自由に走らせたい。そのためにも地雷を除去し、綿花畑をもっともっと広げていくことが重要である。NSCの活動を、オーガビッツプロジェクトを通じてサポートしてきた溝口さんだが、今回の旅を通じて、その思いをより強くしたという。


左:コットンボールを収穫する溝口さん。作業はもちろん、手摘みだ。
右:最上級とまではいかないが、繊維が長く、質のいい綿が採れる。


左:たわわに膨らんだ綿の実。この畑の綿はアジア種を使用。
右:Nature Saves Cambodia-Japanの理事長・山本けんぞうさん。

photographs by Takuya Suzuki(photography in Japan)

text by SOTOKOTO